アンパンマンだっていいじゃない

 
中学三年生になった息子
じつは
最近息子はアンパンマンにはまっている。
 
その様子を見ていて私は
「中学生なのにアンパンマン??」
思わず
「みんなに笑われるんじゃない?」
と息子
「笑われないよ~。全然平気」
けろっと言ってのけた。
 
実はこの本2400円もするのだが
息子はおこづかいでどうしても買いたい!
本屋に行く決意は変わらず。
 
息子のお小遣い1か月分に相当する値段。
 
私の感覚なら給料1か月分やで!
 
最近の息子は
自分で買いたいものを
選ぶとき値段と気持ちと相談する
ようになってきた。
 
いつもなら2000円を超えるものなんて
東京帰省の時にしか行けない
任天堂ショップとか
東京デイズニーリゾートとか
 
そんな時にしか使わないのだが
それに値するほどのものなのか~。
 
ふと自分の中で
息子の気持ちを許容するキャパが
狭かったと気づかされた。
 
アンパンマン自体は
いいキャラクターだとおもう。
 
だけれど、
幼稚園年中さんの時
アンパンマンの靴下をはいてるだけで
お友達に「だっせー」
 
そういわれた記憶が
私自身の中でトラウマがあったのだ。



私自身がそういわれることは
一向にかまわなかったのだが、
息子がからかわれることがつらかったのだと思う。

からかうといってもちょっとした言葉がけで
息子自体は全く気にしておらず
気にしていたのは私だけだったのだ。


周りにからかわれないようにと
次の日からアンパンマングッズのものを
幼稚園に持っていくのをやめた。

そんなことを思い出す。


でもあの時自分の選択がよかったのか
今だにモヤモヤしたものがあった。

あの子に言われたから
周りがそういっているから
世間がそう思うから

そういうカテゴリーで
物事なんでも判断するのはいかがなものか?

あれから10年

久々の息子のアンパンマンブーム。

昔は おもちゃとか
洋服とか
そういったものに興味がいっていたのだけど

今はどちらかというと
自分でキャラクターを描きたいといった
ゲームキャラクターデザイン的な要素で
見るようになっているので
10年前とはちょっと違うとも感じている。


結局息子の意志で購入決定

この先アンパンマンがどうなっていくのか
私にもわからないけれど、
ある意味これが息子の生き方なのだと
思えるようになった。


ちょっと大げさに聞こえるかもしれないが
物事のすべては【自分の意志決定】の連続だと思う。

もちろん相手を不快にさせる事は
世の中生きていくうえで考えねばいけない事だけれど

同時に自分がどうありたいか
それを自分で決められることも大切だと思う。

私という人間と 息子という人間

私自身も自分らしい表現があるように
息子にも息子らしい表現がある

ただ周りがそうしているから
みんながこういっているから

そういう視点で物事を考えることから卒業
そう思ってからかれこれ7年目


アンパンマンと聞いて躊躇する私

躊躇なく選べる息子

まだまだ私の器が小さいと思い知らされた日。

私も自分のマインド視点をもっと磨いていきたい。

息子には言えないが
そういうマインドは尊敬しているのです(笑)